最近会った友人に「謎の神社はどうなったの?」と聞かれまして・・・
…..えっ、覚えてたの?(私が一番忘れていた)
と言うことで、完結編です。
結論からいうと、いまだに神社は謎のままです。
まず、氏神さま(氏神神社)へ行き宮司さんに聞いてみました。
宮司さんも、謎の神社の存在はご存じなかったようで
「それは気になりますね!」と興味を持ってくださいました。
宮司さん曰く
「名前が分からない神社って案外あるんですよ。
小さな祠は、地域の人が守り、手をあわせてきた大切な場所です。
そこには確かに信仰や交流があったのでしょうね。」
——-つわものどもが夢の跡——-
ふと、この一節が浮かびました。
それから、また数ヶ月が過ぎた頃、とある本で読んだ「神社の向きについて」
面白かったので、書き留めたいと思います。
多くの本殿は南向きが多い。だから参拝する側は自然と北を向くことになります。
北=天空を動かない北極星がある方角は特別視され、命の根源に対面するという意味があるのだそうです。
※諸説あります。
そして謎の神社もまた、祠は南を向いているのでした。
ここから北側を眺めると、真ん前にドデーンと地元では有名な山がはっきり見えます。
山を眺めていると「自然崇拝・・・」
そんな言葉が浮かびます。
それからまた季節は巡り、草が伸びる時期、神社への道は消えます。
再び草が枯れる頃、再び道が出来るのです。
名前も知らない、ひっそりと佇む神社。
この神社は謎のままでいい。そんな気持ちになりました。
私は謎の神社を思い出すと、決まってこのフレーズが浮かびます。—–つわものどもが夢の跡—–
その後、スピリチュアル系の友人にこの話をしたところ・・・
「呼ばれないと神社って行けないのよ。」
なんて言われて。
これも何かの゙ご縁゙だとしみじみ思ったのでした。
謎のまま残るからこそ、あの場所はこれからも静かに守られていくのかもしれません。
おしまい
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